この記事では、肥育牛の職業病ともいえる「ルーメンアシドーシス」の原因と対策について解説します。
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ルーメンアシドーシスとは
ルーメンアシドーシスは、肥育牛に起こりがちな代謝病の1つです。
アシドーシスという名前の通り、ルーメン(第1胃)が酸性になってしまう状態を指します。
「胃が酸性になる」というと、自然なことに思えるかもしれません。
たしかに、胃酸のある人間の胃袋であれば、胃は酸性でもおかしくありません。しかし、ルーメンから胃酸は出ません。ルーメンはルーメン微生物が働いている「発酵タンク」ですから、本来は弱酸性(pH6.4〜7.0)でなければならないのです。(なお、第4胃からは胃酸が出ます)
また、ルーメンアシドーシスはその他の病気の引き金となることから、牛の万病のもととも呼ばれています。肥育牛を飼養する際、特に気をつけたい病気がルーメンアシドーシスです。
ルーメンアシドーシスで起こること
ルーメンアシドーシスで起こることは、次の3つです。
- VFAが生成されない(牛が増体しない)
- ルーメン内壁に炎症が生じる
- 食餌性蹄葉炎の原因になる
- 最悪の場合は突然死に至る
VFAが生成されない(牛が増体しない)
ルーメンアシドーシスになると、ルーメン内には酸性を好む微生物、たとえばストレプトコッカスなどが増えます。これらの微生物は、炭水化物(デンプン)から乳酸を生成することが特徴です。
通常であればルーメン微生物が乳酸からVFAを生成してくれるので、牛のエネルギーになります。しかし、ルーメン内が酸性の場合、乳酸からVFAを作る微生物の活動が制限されてしまうのです。
VFAが生成されなければ、肥育牛は増体しません。
ルーメン内壁に炎症が生じる
ルーメン内にたまった乳酸は、非常に強い酸性です。ルーメン内の酸性が強くなりすぎると、ルーメン内壁はダメージを受け、炎症を起こしてしまいます。
ルーメン内の炎症(傷)は病原菌の侵入口となりますから、肝膿瘍などの原因となりうることは覚えておきましょう。
食餌性蹄葉炎の原因になる
ルーメンアシドーシスは食餌性蹄葉炎の原因にもなりえます。
ルーメンの酸性化が進むと、普段活躍しているルーメン微生物は死滅し、かわりにグラム陰性菌が増えます。グラム陰性菌は酸に強い微生物ですが、さらに酸性化が進むとグラム陰性菌も死にます。そして、グラム陰性菌は死ぬ際、「エンドトキシン(LPS、リポ多糖)」という毒素を放出することが特徴です。
エンドトキシンによって、牛の身体は炎症物質を生成します。この炎症物質が蹄の中身に炎症を起こすと、蹄葉炎になってしまうのです。
最悪の場合は突然死に至る
ルーメンアシドーシスは、最悪の場合、突然死に至る可能性もあります。
ルーメンの酸性化によってグラム陰性菌が死ぬ時に出されるエンドトキシンは、肝臓で解毒することになります。そして、肝機能を超えるエンドトキシンが発生してしまうと、全身に回ってしまいます。
エンドトキシンは肝炎やズル(筋肉水腫)の原因にもなりますが、心機能や消化管機能にも悪影響を及ぼし、突然死の原因となるのです。
また、エンドトキシンはビタミンAを破壊する性質もあることも覚えておきましょう。
ルーメンアシドーシスの3つの原因
ルーメンアシドーシスの原因となる成分としては、VFA(揮発性脂肪酸)や乳酸などの「有機酸」が挙げられます。VFA自体は牛のエネルギーになる成分ですので、重要なものです。
合わせて読みたい>>NDFとNFCとは?畜産飼料の炭水化物についてVFA(揮発性脂肪酸)と合わせて解説
VFAは、ルーメンで生成され、そのままルーメンで吸収されます。
このことから、ルーメンアシドーシスの原因の代表例は次の3つです。
- 有機酸が急速に発生してしまう
- ルーメンが未熟で有機酸を吸収しきれていない
- ルーメン粘膜表面が不健全になってしまった
これらの要因が単独で発生することもあれば、複合的に発生することもあります。
有機酸が急速に発生してしまう
まず、有機酸(VFAや乳酸)が急速に発生してしまうと、ルーメンアシドーシスになる可能性が高いです。
ルーメン内では、飼料に含まれる炭水化物(NDFとNFC)を、ルーメン微生物が利用しています。このルーメン微生物が利用した残り物が、VFA(揮発性脂肪酸)です。
「VFA」や「VFAの作りかけ(乳酸など)」の元となる炭水化物(NFC)が多すぎると、ルーメンが有機酸を吸収しきれず、ルーメン内が酸性に傾いてしまいます。(NFCは非繊維性炭水化物|Non Fiber Carbohydrate、つまり発酵消化が早いデンプンや糖などの炭水化物です)
有機酸が急速に発生してしまうことは、ルーメンアシドーシスの主要な原因です。
ルーメンが未熟で有機酸を吸収しきれていない
2つめの理由は、有機酸の発生スピード自体は正常なものの、ルーメン内壁の発達が不十分なことです。
ルーメンの発達が未熟だと、有機酸をルーメンで吸収しきれず、ルーメンアシドーシスになります。
子牛〜素牛の期間のルーメン発達が不完全だと、肥育期間に耐えられないことがある、ということです。
ルーメン粘膜表面が不健全になってしまった
育成期間にルーメンが発達していても、肥育期間に入ってルーメン粘膜表面が不健全になってしまったために、有機酸を吸収できていない場合もルーメンアシドーシスになります。
ルーメン粘膜表面の不健全さは、ビタミンAや亜鉛の欠乏が原因と考えられます。
ルーメンアシドーシスの対策
ここまで紹介したルーメンアシドーシスの原因をふまえると、対策としては
- ルーメンを健全に発達させる
- 反芻を促す(唾液の分泌を促進する)ために繊維質を給与する
ルーメンを健全に発達させる
まず、なんといってもルーメンを健全に発達させることが重要です。
子牛の間にルーメンを育てることで、肥育期間に耐えられるようになります。
代用初乳から始まり、子牛の胃腸の発達・免疫力の維持には気をつけましょう。
反芻を促す(唾液の分泌を促進する)ために繊維質を給与する
唾液はアルカリ性のため、反芻を促して唾液の分泌を促進すれば、ルーメンアシドーシス対策になります。
反芻を促すためには繊維質が重要ですから、粗飼料やバガスの給与が重要です。
合わせて読みたい>>バガスの飼料特性について解説|前胃や反芻を刺激する
また、反芻を促す物理的に有効な繊維として、NDF(発酵消化に時間がかかる炭水化物)も意識しましょう。
ルーメンアシドーシスは予防対策と早期治療が重要
ルーメンアシドーシスは、予防対策と早期治療が重要です。
しかし、肥育というものはルーメンの能力を最大限引き出す技術に寄るものですから、ルーメンアシドーシスを完全に防ぐことはなかなか難しいことも現実と言えます。
ルーメンアシドーシスは肥育牛の職業病とも言えますから、上手に付き合いましょう。